プラセンタの歴史

プラセンタが利用され始めたのはごく最近のことではなく、昔から主に医療用として利用されてきました。
紀元前には既に、「医学の父」と言われるギリシャのヒポクラテスが、プラセンタに着目、治療薬として利用していたそうです。

中国でも4000年近く前に産後の回復や滋養強壮に効くとして、プラセンタを乾燥させた「紫河車」という名の薬があったそうです。秦時代には、「不老長寿」の妙薬として始皇帝が珍重していたという記録もあります。また、楊貴妃やクレオパトラ、マリー・アントワネットといった世界の美女たちも、若返りの薬として使っていたといわれており、プラセンタが美容に良いということは経験的に知られていたようですね。

日本では江戸時代の加賀の三大秘薬の一つである「混元丹」に、漢方薬としての「紫河車」が含まれていました。

1930年代のソビエト連邦では、負傷兵の治療を行う目的で、プラセンタの組織片を皮下組織に埋め込む研究が行われていたそうです。この、ソビエト連邦における政府主導の研究は、原材料のプラセンタ確保の問題から打ち切られましたが、この時の研究によってプラセンタの有効性を認識した研究者などにより、プラセンタの研究開発は連綿と続けられていました。

日本でも、ソビエト連邦のプラセンタ研究に刺激を受け、独自の研究開発が行われ、プラセンタのもつ様々な働きが次々と解明されました。現在では、医療分野をはじめ、健康に、美容に、広い範囲での利活用が進んでいます。